この1週間ずっとコンセプトについて考えています。
それこそ脳みそがちぎれるほど色々考える訳ですが、ぼくが大事なアウトプットを必要とする際に行う手法としては、「関連情報を大量にインプットする」ことです。
本当にこれでもかこれでもかと大量にインプットした後に出てくるアウトプットは、圧倒的に質が違っていると信じています。
例えば、先日ロゴを作りました。
自分で作ったのですが、作る前に世界中の秀逸なロゴをPinterestで集めまくり、何日も何日も眺めていました。それもただ単に眺めるだけでなく、自分の宿の名前はこうだからと、秀逸なロゴに足したり引いたりしながら考える訳です。
もう気持ち悪くなります。
Photo by Ryan McGuire
できあがったコンセプトは『旅の「ものがたり」を静かにつむぐ宿』
それで、一応コンセプトができあがりました。(コンセプトというか、こんな宿ですという紹介ですが。)
はじめは訪日外国人をメインターゲットに宿をやるわけだから、「日本の文化や伝統を発信」とか「地域の魅力を伝える」というアイデアもあったのだけれど、なんとなくぼくにはピンと来ませんでした。(もちろんその必要性は感じている。)
また流行の「場」とか「コミュニティ」っていう言葉は絶対使いたくないし、「暮らすように旅する」とか「旅先の日常」みたいなニュアンスは好きではあるけれど、すでに使い古された感がある。
困ったどうしようとなったので、一度原点に戻り自分がなぜ宿をやりたいと思ったかをもう一度真剣に考えました。
そしてその答えは、単純に「旅」が好きだったからという、もうどうしようもないほど簡単な答えでした。
で、いろいろ整理して言葉を捨てて選んで、できあがったコンセプトが以下です。
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自分が望みさえすれば、世界中のどこにいても、誰とでも繋がり、あらゆる情報にアクセスできる時代だ。
遺跡や名所、絶景の写真や動画はいくらでもウェブ上に転がっている。世界各地の料理だって、現地の素材や調味料を個人で手軽に手に入れて自宅で作れてしまう。
外国の友人を持つこともさして難しいことではなくなった。
そんな時代において、もはや旅をすることは特別なことではないと言う人たちがいる。
どこに行った、何を食べた、誰と会った、なんて、あえて時間やお金をかけなくても、誰だって似たような体験を得られるんだから、と。
けれど、本当にそうだろうか。
「旅」それ自体には、実体がない。色もなければ、においもなく、手に取ることもできない。
「旅」がはじめて実体となって眼前に立ち現れるのは、その旅をする旅人があってこそだ。旅人はみずからが旅の主人公となって旅をつくりあげていく。
一人の人間がつくりあげる旅は、個性的で独創的で誰にも真似のできない形を持っている。なぜなら、その旅で何を思い、感じ、考えたか、は旅人によって異なるからだ。
それゆえに、旅は唯一無二の存在だ。旅人の数だけ、旅がある。ものがたりがある。
だから、いつの時代も人は旅をする。
そんな旅の「ものがたり」を静かにつむぎ、大切にする宿でありたい。
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終わりに
飽きやすいので、また変わるかもしれませんが。こういうのを晒すのは結構勇気がひつよう。
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